33年

今日5月26日
 よく晴れて
少し風があるせいか、海には小さな波が立っていました。

今日5月26日は日本海中部地震から33年になります。

1983年5月26日午前11時59分。
震源は男鹿半島沖、マグニチュード7.7の地震が発生。
秋田で記録された震度は強震の5。

自分はそのころすでにこの世に生きており、経験しているそうですが
記憶はなくてい当然な年頃でして。
親に聞いたところ公園でお弁当を食べていたそうです・・・。
もちろん無傷です。(どうでもいいんですけど)

地元の先輩スタッフに当時のことを聞いてみました。

「I川さんって、地震のときどうしてたんですか?」

「外で仕事してた。揺れはすごかった。津波が来るのが見えて。
砂浜にあるテトラポットがみーんな流されて」

「テトラポットって動くんですか?」(写真に残っていました)

「んだー。砂浜に打ち上げられて。漁船も2、3打ち上げられて。家が心配で、
すぐ家さ帰った。子供生まれたばかりでよ、まずは家が心配で」
「誰も信じねんだけど、電線さとまってたカラス。」

「何かしたんですか?」

「止まってたカラスが地震が来た途端、ぼたっと下に落ちた」
「とびたたないで?落ちたんですか?!」
「うん、誰も信じてくれないんだども」
「でも、地震のときって何があるかわからないですからねー。」
自分は信じますよ。
水族館の生き物だって、「ええっ?!」なんて瞬間
ありますから・・・(誰も信じてくれないけれど的な)

にしても。
うーんどうやって書こうかな。

そういえば、GAOの駐車場にはマリア様の像がある。
日本海中部地震で亡くなった方の慰霊のために建てられた、というのは
聞いたことがあったので、行ってみました。

行ってみると、

 マリア像の前には
地元の方たちが数名、集まっていました。
聞くと、有志の方たちがこうして毎年慰霊に訪れているとか。

このマリア像が男鹿水族館付近にある理由とは、日本海中部地震で起こった津波により
ここで亡くなったスイス人女性のためということでした。

当時のお話を聞くことができました。
旦那様とともに観光で訪れたところ、地震、津波が発生。
旦那様は岩場にしがみつき助かりましたが、奥様は残念ながら
亡くなられたとのことです。

そのとき、地元の観光業をしている方が直前までこの夫婦と
一緒におり、直前まで楽しく会話をしていたそうです。

そのためか悼む気持ちは強く、毎日のように海に手を合わせていたそうです。

その後1986年、募金によりこのマリア像が建てられました。

 男鹿では
他の地域でも津波によって亡くなられた方が多数います。
沿岸部にはところどころに慰霊の碑が建てられています。

10年以上、GAOで働いてながら
まともに面と向かったことなんてなかったなあ。(失礼ですよ)

どうぞ献花を、と1本の白いお花をいただいたので
手を合わせてきました。

途中、大きな花束を持ってバスから降りてきたおじいさんがいました。
花束を供え、数珠を取り出して長い間手を合わせていました。

なんと日本海中部地震発生時の、旧男鹿水族館の副館長さんでした。
これにはびっくり!

GAOも見ていくつもりで来たということだったので、ちょっとだけ
お話を聞くことができました。

マリア像を建てる再に募金はしたものの、実際に来て
手を合わせるのはこれは初めてということ。
なかなか来れなかった、だけど今日があの日から33年目というのを聞き、
また、最近日本では地震も多い。そう思い立って来た。

なかなか来れなかった。

その一言には計り知れない、その場にいた者しか知ることがない思いが
あるんだろうな。

 この岩場
(GAO入り口のそばにある岩)はぜんぜん変わっていない。
とがった岩の先が出るほどの高さまで津波が来た。
あの岩にしがみついて運よく助かった人もいた。

津波は、第一波はわからない。
波がせりあがってくるのではなく、海面全体が少しずつすこしずつ静かに高くなってくるから
見ていても気が付かない。
岩の、海から出ている部分がなんとなく少なくなっているような感じだ。

だから「津波が来る」なんて予想していなかった。
海よりも、山が崩れてくるんじゃないかとみんな山の方ばかりを気にしていた。

気が付いたときには水辺がすぐそばに来ている。
いったん波がくると、次は引いていく。
水族館前の磯はすべて海水がなくなり、岩場が露出する。

第二波からは、引いて行った水が戻ってくるので
立ち上がった、はっきりとした波が見えてくる。
あとはその繰り返し。

もっと海の方を気にしていれば・・・。

その方は当時の地震時の状況を記した原稿を持っており、
少しだけ見せてくれました。

内容は少しくだけているところもあるかもしれないけれど、そうした方が少し
読みやすく、地震というものを身近に感じてもらえるのではないかなと思って。

日本に生きている以上、自然災害はあるもの。
予知はできないけれど、起こってしまったときに正しい対処が
すぐにできるような準備はできるんじゃないかな。

大切なのは、何かが起きてから。
予防・予知できないものならなおさら。
そこに生きることを自分で選んだならば、すぐに周囲に何かしてもらうことを
求めるのではなく、それと向き合って、対応して
生きていくべき。
向き合えなければ、自分がどうするかを考えるべき。

大災害を経験していない自分にとって
あーだこーだ言うのは簡単ですが
今生きている場所だって100パーセント安全とは
言えないわけで

じゃあどうするか、自分で何をしなくちゃならないかを
考えるきっかけをもらえた気がします。

考えて、いっぱい考えろ。
そうすれば何か出てくると
ついこの間言われたばっかりで

世の中はいろいろなつながっているんだなあと
思いました。

日本海中部地震から33年。
起きた事実は変わらないので

そこから学べることや気がついたこと、
自分でやれることを
大事にしたいと思います。

「当事者ではない自分には関係ない」ことは、ありません。

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