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期待とさみしさと

2017年08月17日 (木)17:13

本日8月17日、
水族館から車で15分ほどのところにある
入道崎に行ってきました。

8月20日、

 ここから
船が出て、

 君は
再び、海を泳ぐんだよ。水槽の中も、あとわずか。

現在開催中「小笠原」展の中にいる
2015年に小笠原村父島で放流されたアオウミガメ。

8月20日、いよいよ放流実施です。
晴れていればね・・・(正直なところ、今これが一番の悩み)

というわけで、健康チェックを兼ねた
大きさ測定を行いました!!

 こちら
2016年12月。
保護されて間もない写真です。

この写真がありましたので、おんなじアングルで撮ってもらいました。
さぞかし、でかくなっているのだろう。

 あれっ?!
なんか、でかくなってる感が伝わらない?!
おかしいな・・・

いや、確実に大きくなっているのですよ。

保護時 甲羅の大きさ34センチ⇒46センチ!(正確に表すと「直甲長」
というらしい)
保護時 体重5.68kg⇒10.30kg!

「大きくなったね~☆」という絵を期待してたのですが・・・
う~ん、いまいち?

でも自分は、この2枚を比較すると
大きくなったのを実感できるのではと・・・。


 ほらっ!
たくましくなった。

さて実は同日、もう1匹
2016年に保護したアカウミガメも放流することになっていまして
そのアカウミガメを今日、取り上げました。

今、男鹿の海大水槽にいるので・・・





 !
成長している!!
 2016年2月。
 さっき。
(2017年8月17日15時)
なんてゆーか、アカウミガメの成長が気になって・・・。

アカウミガメはご覧のように、アオウミガメよりごつごつしているのが
特徴です。まるで恐竜ですね。
いきなりケースにかみつかれたけど、大丈夫かな・・・。


いやいや、ともあれ
2頭とも今のところ元気そうです。

このまま、じたばたして
周囲のニンゲンを困らせるような勢いで
海を泳いでいってくれたらと思います。




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GAOに泊まろう2017レポート

2017年08月06日 (日)15:43

今年もやってきました
GAO宿泊企画「GAOに泊まろう」!
今年は8月5日宿泊です。

昨日は
いい天気でしたね~。海に沈む夕日もばっちりでした。

 こんばんわ~。

今回の参加者数は約70名!お出迎えは分身豪太も登場。

今年は
 スタッフが
表側ツアー開催!
薄暗い水槽で、日中と夜間の生き物の違いや裏話を披露します。

魚類系か、海獣系(いわゆるアシカアザラシとか)に分かれたんですが・・・

ここで水族館あるある。

どーしても

 アザラシとか
毛の生えた生物系に人が集まる。(25:5くらいだったし)
魚類の熱意、足りないんじゃないの?!

ここでへこたれたら魚類担当やってけません!

 ここぞと
ばかりに魚類の魅力を押し付け・・・いやいや、お伝えします。
伝える力は展示スタッフ重要ですからね!




自由観覧時間が終わったら


 寝る場所
争奪戦「分身豪太とじゃんけん大会」!!豪太のチョキがわかりにくい・・・。

 でも
かわいさに免じて、許してね。


じゃんけん大会が終わったら
 水槽の前で


 リラックスタイム。
「一緒にどうですか?」(ジュース)ってお誘いいただきました。
一応、まだ仕事中なもので・・・お気持ちだけいただきまーす。
(ん?一応?)


 ペンギン水槽の前では


 ペンギンの
腹だけが白く輝いているのが・・・


 なんか
面白い。


 1日目
終了!




8月6日。

 おはよー
ございまーす。


 朝食は


 GAO
レストランで、バイキングです。

朝食もしっかり食べて、あとは自由観覧です。
それでは皆様、ありがとーございましたー。



今年はこれで終わりじゃない!
抽選で

 特別
バックヤードツアー クマ編!

 朝の
ペンギン掃除お手伝い!

 朝の
とんちーのエサやり!

他、ガラス拭き掃除も・・・

そうです。朝の展示スタッフの作業を一緒にやってもらったんです~。
お手伝いいただいて、ありがとうございました。

 時間外
ぷかぷかアザラシ当選された方も

 おめでとう
ございます。



以上2日間の日程、無事終了です。

参加していただいたみなさん、ありがとうございました!
よくよく考えたら、分身豪太が目立ちすぎ。。



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さよならのない場所

2017年07月21日 (金)18:36

長々と続けてしまいましたが
本日でおしまいです、小笠原編。

最終日。

 大雨・・・
わかります?この雨。
実は、自分たちが行ったとき父島・母島は水不足でした。
ところどころに「節水」「ダム貯水率〇〇パーセントまで低下」とかで

滞在中にものすごくいい天気だった日はなかったので
あんまり信じられなかったんですけどね。
自分たちが到着する前までがものすごいいい天気続きだったそうです。

雨ですが、母島ドライブに
連れていってもらいました。
母島の

 道路の

端っこ
 都道最南端!

都道って何?とか思っていましたが
小笠原は東京都なので、東京都が管轄している道路は
そういえば「都道」なんですよね~。
そういえば秋田にも県道ってあるし・・・。

 よく見る
オカヤドカリ注意の看板。秋田でいうとカモシカ注意系でしょう。

 パッション
フルーツのハウス!もー雨で全然見えない。

7月15日~17日、GAOでも限定発売させてもらいましたが
今回自分も初めて食べたんですけど
食べ方教えてもらってたからふつーに食べれたけど
 知らなきゃ
どこ食べるのって状態ですよね・・・

これはですよ、中の黄色いゼリー部分をすくって食べるんですよ。
種を食べるんです。

メロンとかって種部分は取ってしまいますが
それだと食べる部分がなくなっちゃう。

販売開始からあわてて「必ず食べ方伝えてね!」って
言ったものです。

道路標識にはオカヤドカリだけではなく
アカガシラカラスバト通称「あかぽっぽ」注意もあります。

このあかぽっぽですが、小笠原諸島のみに生息している固有種で
その名の通りハトの仲間です。
小笠原諸島全体でも、100羽いるかいないかといったところだそうで
絶滅が心配されている種の1つです。

絶滅のおそれの原因の1つが、敵(捕食者)の出現です。

もともと、大型で素早い肉食の敵が小笠原にはいなかったため、
あかぽっぽは飛べはしますが素早く飛び立つ、とか超警戒心が
強いとかが備わっていません。
というか、必要なかったんですね。

鳥というと一般的に巣をたかいところに作るイメージですが
あかぽっぽは巣作りも子育ても地上で行うそうです。

もともとはそれでよかったわけですが
環境の変化、外来種とのエサの競合、ネコの出現などで
数は激減。

一時は生息数が数十羽、というところまで落ち込んだそうですが
現在は少しずつ数が増えているとか。

なぜこんなに文字ばかりなのかって?

見れなかったからですよ。。

いやでもね、影は見たんですよ。
おそらく飛んでいく姿は見たんですよ。。

ただ、見かけることすらレアだといいますので
自分の視界に入ってくれたことに喜びを感じます。


「ネコの出現」という言葉を使いましたが
「小笠原ネコプロジェクト」という活動をされている方々がいます。

ざっくりいうと
野生化したネコを駆除しなければならないが
駆除イコール殺す ではない
本来の家猫として人が飼うネコに戻す活動です。(あってる?)

小笠原諸島の自然の中で生きるネコを
本土に引っ越しさせるという地道な活動ですが
この活動によって、小笠原諸島の「ノネコ」は姿を消しつつあります。
※「小笠原ネコプロジェクト」でぜひ検索してみてください。


このお話を自分は本当に運よく、今回の小笠原滞在中に
獣医さんから直接聞くことができたのですが

その環境に置かれた飼育動物は
自分の選択とは関係なしに
置かれた環境で生きようと頑張っているだけなのに

原因を変えないと
本当の問題解決にはならないむずかしさを
こういうところで思いました。

あかぽっぽ、次はちゃんと姿を見せてね。
(↑最初ふつーに「はとぽっぽ」と入力しちゃった人)



それにしても、だ。
 よく降る・・・
前日、生き物を採集したくて
島内の川を見に行ったのですが
水がないくらいの水不足でした。

たぶんこの日の雨で解消されたんだと思います・・・。

さて、それでは母島から父島に行かなくては
東京に戻れません。

 出発です。

母島に住んでいる人が父島に行くにはこの船に乗らなくてはいけないので
自分たちのバス感覚なんだろうな。
実際、旅行してますっていう格好の人が少ないくらいです。

1日ちょっとの滞在だったけど、ありがと~ございました~。。

母島は、雨が降ると
 至るところに
それまでなかった滝ができるそうです。

母島の土台は土ではなく、岩が主だそうで
その岩の上に土の層が乗っかっているという感じで
水を蓄えるのに十分な土の層がないんだそうです。

そのため、雨が降ると
水が行き場をなくしてしまい
島のあちこちに滝ができるんですって。

 激しい
雨も上がり、ますます原始的度アップです。

父島に到着後は
「おがさわら丸」に乗り換えです。もうあっという間です。
 乗る前に
ハイビスカスのレイをもらいました。
見送りにきてくれた方が、作ってくれていました。

これって東京までもつかな~とか思ってたんですけど
(↑枯れるのを見ていくのがさみしい)

「これはね、船の汽笛が鳴ったときに海に投げるんだよ。

で、そのレイが岸にたどり着いたら

ぜったいまた小笠原に戻ってこれるよ、っていうジンクスが

あるんだよ」
なるほど。

再び出張で来ることができるかもしれないってことですね!
(出張で来れるかどうかまでは言われていないけど)


 おがさわら丸が
父島を発つときには、たくさんの方が見送りにきています。

今回のウミガメがきっかけで
お邪魔した観光協会の方や、海洋センターの方、
ナイトツアーにつれていってくれた方、宿の方・・・

ここで気が付いたのが
「さよーならー」って言葉がないんです。

「またねー」
「待ってるからねー」
「また来るからねー」
「ありがとー」

笑顔で手を振る小笠原の人たちと、船の人たち。

また来るからねーっていうと
今は旅がおわったことがさみしいけれど
次来た時には、っている楽しみが増えるからいいのかもしれない。

事実自分は
あのときあーすればよかったもっと準備をしておくべきだった
体力をつけておくべきだった
痩せておくべきだったと(これ関係ないけど)何度思ったことか・・・

と同時に
次はこんなところをもっと見るぞ!と思っているので

「また来るから!」は決意表明も含まれていて
とっても正しいと思いました。

そうだレイだ!
 海に
落としちゃうのはちょっとさみしいけど
また来たいから

自分は

また来ることができるのかっ!!


 ・・・

行方不明。

 お世話になった
みなさん、ありがとーございましたー!!

↑おがさわら丸が出航するときは、ダイビングショップや
観光船がこうして途中まで併走して見送ってくれます。



帰ってから、ふと思ったんです。

「あの船で見送ってくれる方達は、おがさわら丸が出航の際に
どこかから依頼されているんですか?」

「いや、船が出てくる時間に合わせて、みんなそれぞれやってるんだよ。」

頼まれたからやってるわけではなくて、
来てくれてありがとう、また来てねという想いを
伝えるために、自主的にやっているんだよと
おしえてもらいました。

おもてなしの気持ちを見ました。

それぞれがどうにかして形にしたくて
自然と人があつまってきて
一緒にやる人が増えていき
形になっているのが
とてもきれいだなと思いました。

観光地として、お客様を迎える立場として
見習わばければならないところがたくさんあるような
気がしました。

 また

勉強しに来ます!!そのときは・・・晴れててね~。。

(ちなみにこの日の雨で小笠原諸島の水不足は一気に解消されたそうです。)


後日、
「最近ニュースで天気予報を見てると、小笠原諸島の部分が
気になって必ずチェックしてしまう」と言ったら
「それは小笠原ホリックです」
と言われました。





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出張報告 DAY4 母島

2017年07月10日 (月)09:53

あれが
 自分たちの
乗ってきたおがさわら丸・・・

ということは、これはどこから撮影しているのか。

出張4日目。
小笠原諸島で一番大きな島、父島の二見港から「ははじま丸」という
船に乗り、今度は母島へ向かいます。

この写真を見てもらうとわかると思いますがなんだかもやが
かかっているような・・・
それもそのはず天気はあいにくで
雨降ってるし風あるし・・・

この日は
波しぶきがすごかった!!


小笠原諸島で人が生活しているのは父島と母島の2つのみ。
父島で暮らす人たちが2000人くらいなのに対し
母島には450人程度しかいません。
集落もとてもコンパクトです。

 カツオドリ!
これは父島に向かう途中でも見ましたね。

このカツオドリ、大きくなると顔でオスメスの判断ができるそうです。
 こっちオス。
よく見ると、目の周りが青いんです。
 こっちメス。
青みがありません。

カツオドリは小笠原諸島で繁殖しているそうで、本土から小笠原に
近づくにつれて船に沿って飛んでくれます。


父島から母島に向かう間は何羽か船についてきてくれます。

でも天気はあいにくで・・・
 あーこっちにも・・・
なんか違いません??

 白いし・・・

このとき自分は「カツオドリの若いのかな」と思っていました。
ほら、よく同じ種類でも若いとまだ色や模様がはっきりしない種類って
あるじゃないですか。

白鳥は幼鳥だと灰色とか。

後日、帰りの船で聞いてもらったのですが
「アカアシカツオドリじゃないか」ということでした。

何でも、父島付近で見かけることは少なく
そこそこ珍しいということ!
やった偶然!カツオドリの若いのじゃなかったんですねー。。

飛んでるときは脚を収納しているので、見ることはできませんが
写真を見たら、その名の通り真っ赤な脚をしていました。


父島から船に揺られて2時間。
この日の天気のせいもあると思いますが
 なんか
立ち入っちゃいけないとこに立ち入るような・・・

天気が良ければ、もっと色が際立ったと思いますが

男鹿で見ている海とは色が違いますね!

 青というか

群青というか・・・。

この独特な青を「ボニンブルー」と呼ぶそうです。
ボニンの響きはもとは「無人」からきているそう。

もともと小笠原諸島には日本人だけではなく、欧米系の人たちもいて
「無人=ぶにん」を「ボニン」と発音していたそうです。
その言葉を小笠原特有の言葉と思った人が
「小笠原の青」を指す意味でボニンブルーと言ったとか。
(細かい部分まで行くと諸説あるようですが)
透明度はすごいときだと50メートルもあるとか。



父島はアオウミガメの産卵地とお話しましたが
きれいな砂浜が多い母島でも同じ。

アオウミガメが安心して卵を産みにきてくれるように
 きれいな
砂浜が整備されています。

よく見ると
 大きな
アオウミガメが・・・(自分は「岩?」とか最初思ってたけど)
今は海中でじっとして、夜に卵を産みに上陸するのかな・・・。

前の回で出してしまいましたが

母島にも戦争の跡、戦跡がいくつも残されています。

 この
砲台は母島のものなんです。
こうして残された原因は、第二次世界大戦後にアメリカの統治下に
入ったからだとも言われています。

統治下においてはすぐに撤去の必要性はないと
そのままにしておかれたそうです。

父島にも自然は残されていますが
母島の方が「原始」って雰囲気がありました。

母島の方が、より人の手が入っていない地域が広がっているそうです。


だったら、それはそのままにしておくのが、いいんだろうな。


 1泊して、
翌日は、ははじま丸からおがさわら丸へ乗り継ぎをし
本土へ帰ります。



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出張報告 DAY3-3

2017年07月05日 (水)15:15

はるかかなたのザトウクジラを見て

その後生物採集に努め

そんでもってあっという間に夜なんです。

おがさわら丸が着いた港、二見港で
「芸能の夕べがありますよ」と教えてもらったので
自分はそっちに行ってみました。

う~ん、南国って感じがするから・・・
フラダンスとかなのかな~って思ってました。

 ん??

こちら「スティールパン」という楽器だそうで、ほわほわほわ~んな
心地よい音がします。
そもそもドラム缶が元だったそうですよ。
長さとかで音階が決まるのかな・・・

少なくとも秋田ではお目にかかったことがないな。

発祥はトリニダード・トバコ共和国とのことですよ。
名前は聞いたことあるけどどこの国なんだろうって
地図を見たら・・・カリブ海の島国??

南アメリカ大陸、コロンビアとかベネズエラとかに
近い島国でした。

ずいぶん南国チックでおしゃれな楽器だな~と思って見ていたら

 太鼓!
これは「小笠原太鼓」というそうで

 太鼓にも
書いてありますね。

これは最初「八丈太鼓」と言われていたらしく、八丈島から
伝わったものが起源なんですって。

ベースが伝わって、その島で生活する人たちが
その土地の風土に合わせてちょっとずつ変えていって
時間をかけて「小笠原太鼓」を形作っていったのでしょうか。

1つの太鼓を2人で叩く「両面打ち」は
国内では数少ない打法なんですって。

自分だったら自分の音なのかもう1人の音なのか
絶対わけわからなくなりそう・・・

で、一番「ん?」と思ったのが

 こちら。
フラダンス!ってまずは思いますよね。
でもそうでしょうか。主に踊るのは男性です。

こちらはフラダンスではなく「南洋踊り」というもので
小笠原の伝統文化の一つとして東京都の
無形文化財に指定されています。
自分が教えてもらったところによると
最初は男性が舞うものだったそうです。

女性が一緒に舞うようになったのはここ最近とのことです。
起源はサイパン、グァム、パラオといった南国の島々。

あれ?じゃあフラダンスじゃんて思いますよね。

(ここで余談ですが、フラとはハワイ語で「ダンス」と
いうそうです。ということはつまり・・・
フラダンスってダンスダンスって言っちゃってるのか・・・)

そもそも日本の古代芸能の中にある「舞」は
もともとは神様に捧げるためのものといいますが

フラもやっぱりおなじで、起源は神様に捧げるための舞だった
そうです。

う~ん、なんだか難しいけど
神様に捧げるという形は各国で表現が違っても
想いは同じということでしょうか・・・。
個人的にはこういう話が好きですが。

そうそう、もとは男性が躍っていたということで、

 足踏みとか
けっこう勇ましいものが多いんですよね。

自分はフラダンスもまともに見たことがなかったからな~。

この芸能の夕べは不定期開催ですがおがさわら丸が停泊している
ときに行われるそうです。
自分が知ったのは広域放送でした。ラッキーでした♪


小笠原諸島は日本だけではない、いろいろな国の文化が
入ってきているのは確かなようですが

そのいくつもの文化が小笠原という風土に合わせて
新しい文化を形成しているところが
とても興味深かったです。

自分たちが文化を作っているんだという雰囲気も
なんだかうらやましいなあと思いました。


一方で、ナイトツアーに参加したもう1人は
 真っ暗・・・
(そりゃそうでしょ)

オガサワラオオコウモリ見た!って言っていました。

また、夜「グリーンペペ」を見に行ったら
(注:グリーンペペとは「ヤコウダケ」のことで、夜は蛍光グリーンに
光るキノコのことをいうのだ!)
残念ながら見れなかったと言っていました・・・。。

 発見
オカヤドカリ!!


そんなこんなで3日目の夜も更けていきました。




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出張報告 DAY3-2

2017年07月02日 (日)08:22

さて、前回の
「出張報告 DAY3-1」
ノヤギを見て反省した自分です。

ノヤギ確認場所は
 東京都で最も南の
バス停の近くでした。。
そうだここは東京都なんだと
随所で気が付きますね。

このバス停から少し歩いたところに

 「コペペ海岸」
があります。
正直な話、「コペペって何?」って思いましたけど・・・

コペペは昔ここで生活していた先住民の名前だそうです。

小笠原諸島は東京都ですが、じゃあ昔から
日本人しかいない地域だったのかというとそこは違うようです。

世界地図で見ると、日本からのアプローチの他にも
ハワイ、南米、ミクロネシア等々からもさまざまな文化が
流入できそうなところにあり

小笠原諸島で本格的に定住を始めたのは欧米、日本以外の太平洋の
島々で生活していた人たちなんだそうです。

ある特定の国の人しかいなかったわけではないんですね。

はじめて父島に降り立ったときに
日本だけど日本じゃない感覚がしたのは
色々な文化が混ざった雰囲気のせいかしら。

そのころは、この土地はどこの国のものだとか
関係なかったのかな。

足元でかさかさと音がすると思ったら
 オカヤドカリ・・・
びっくりしますが、本当にこんな感じでいるんです。
枯葉の下とか・・・

ちなみに


何匹かいますので探してみてください。

そんな感じでうろうろしていると、海に1隻の船が来てました。
ツアーの船でしたが、その船からなんと

「今、クジラが跳ねました。急いでそちらに向かいます。」
なんですと?!クジラだと?!

小笠原諸島はザトウクジラが繁殖のために集まる場所でもあります。
今回こうして出張に出させてもらうとき、
「クジラ見れる!」とうきうきしていたものですが
(いや仕事だってことは意識してますよ)

「う~ん、もうそろそろ北の方に行っちゃう時期なんだよねえ・・・」

ザトウクジラが見れるトップシーズンは2月~4月くらいとのこと。

何でも、5月のゴールデンウィークの時期は
頻繁に姿を見せてくれて
観光客が帰っていくのとほぼ同時に小笠原諸島を離れるそうです。
なんて空気の読める・・・。


見たい。
一目見たい!!

「あそこからなら見えるかもしれないな」と
自分たちを連れていってくれた小笠原村観光局の方が
特別、海を見渡せる場所に連れて行ってくれました。

 「う~ん
見えないかな・・・」
「でも船が来てます!」
 「あれだ!」
もうやみくもにシャッター切る自分。

 こうなりゃ
必死。でもよ~く見てください。
右に船があって、真ん中あたりに黒いなにかが見えませんか?

「写ってます!!」これはザトウクジラの大きな胸鰭です!!!

 これは
尾だ!ザトウクジラが潜るときにぐぐっと尾を持ち上げる体勢だ!!!

実はこの写真に写っている船に、行きのおがさわら丸で仲良くなった横浜の
ご夫妻が乗っており、後で会ったときに「あれは親子だった」と言ってました。
(↑よくよく考えたらこれも面白い話ですよ)

2頭同時に写真に収めることはできませんでしたが
確かに私の目にはザトウクジラが映りこんでいたのだ・・・。
うん、そう思う。。


これまで座礁したクジラを見たことはあったけど
(何年か前には12メートルのナガスクジラが県内で打ちあがったのを
見たことがある)
生きているクジラを見たのは初めてでした。

・・・思った。

これは、リベンジが必要だな・・・。


小笠原に来て、2日目。
あまり進まない出張報告。

でもそれだけ、持ち帰ってきたものが多いんです。


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6月29日 兼 出張報告 DAY3-1

2017年06月29日 (木)13:04

前回は
6月26日は小笠原諸島が日本へ返還された日
というお話でした。

今日は6月29日。じつはこの日も
小笠原諸島にとって大事な日です。

2011年6月29日、小笠原諸島が世界自然遺産に正式に
登録された日なんですよ。

自分たちがお邪魔している間、父島に
 小笠原
世界遺産センターがオープンしたんです!

ここでは、小笠原諸島が世界遺産に登録された経緯や
そもそもなぜ登録されたのか?ということを知ることができます。

「小笠原は世界自然遺産」というイメージは
なんとなくあったものの、詳しい理由は

 ざっくり
自分もこの程度しか知らなくて・・・

というか、そもそも意識したことなかったんですよね(すみません)。

よく、テレビとかでガラパゴス諸島は独自の進化を遂げた・・・とか
特有な生き物がいっぱいで・・・とかありますが

自分の住んでる国にも、こんなところがあったんですね。
海外に行かなくてもいいんですよ。

小笠原諸島は「東洋のガラパゴス」とも言われているそうですよ。

小笠原諸島の島々は、一度も大陸、日本の本州や他の島と陸続きに
ならず独自の進化を遂げた生き物、そこでしか見ることができない
「固有種」が数多く生息しているそうです。

その固有種のひとつが
 このカニ様。
「オガサワラクロベンケイガニ」といいます。

名前にオガサワラが入っているとおり、現在のところ小笠原諸島にしか
生息が確認されていない種です。

ちなみにこのカニ様は
 スタッフが
出張3日目に採集してきたのです。
よく来てくれたなあ・・・。(勝手に捕まえたの自分たちだけど)

というわけで、ここからは

 出張報告も含め
お話していきます。

3日目は、父島内をレンタカーで回りながら
観光局の方に色々と案内をしてもらい
同時に

 生物採集も
行いました。(↑このあと典型的に足を滑らせ、以降ずっとク〇ックスで
秋田まで過ごす)

父島には一般国道なるものがありません。
車が走れる大きな道路は主に東京都管轄の「都道240号線」なるもののみです。
距離もそう長くはないので、都道240号線を走破することは
そう難しいものではないのですが
少し走ればこんなところあんなところで
目が奪われっぱなしです。

人が生活している地域から離れると
 よく
こういう場所を目にします。

ここから先は
 おいそれと
入ることのできない区域です。

徹底的に「守られている地域」です。入る場合は、専門員が一緒じゃないと
行くことができません。

中にはどんな世界が広がっているんでしょうね・・・。
いつか入ってみたいなあ・・・。

さて、この前日に
車で島内を回る場合
ある動物に気をつけろといわれました。

もちろん、ここ父島に生息する生き物に対しても
 注意必須ですが
(↑秋田では絶対に見ることのないオカヤドカリ注意)

「カーブ曲がったらいたりするから」と・・・

実はこの時ちょうど
「昨日カーブ曲がったらいるからなんて言ってましたね」とか
言ってたら

いたんです。
 しげみの
黒い影!
 何だか
わかります??ヤギです。

小笠原の人たちは「ノヤギ」と言っています。

ヤギはもともと小笠原諸島にはいませんでした。
過去に食糧として持ち込まれ、その後野生化し、数が増えたそうです。

ヤギは草を食べます。
数が増えたヤギは山に生えている植物を食べ、植生にも影響を
もたらしています。

「あそこにもいる」と上を見ると
 なんと

険しそうな山肌を
 群れで
上っていくノヤギの集団が・・・。

それまでそこにいなかった生物が突如入り込むことで、生態系が崩れると
いう話は小笠原に限った話ではありません。
むしろ現代では「よく耳にする話」の部類だと思います。

日本産の淡水魚が外来種によって減少したとか、
それまで人里に姿を現すことなく生きていた生き物が
降りてくるようになったとか

小笠原では、ノヤギの駆除活動が行われており
少しずつもとの生態系に戻りつつある地域もあるとのことです。

ノヤギがいる部分とそうではない部分を明確に分断し
(保護区の写真)
また、銃器による駆除も行われており
ノヤギの数は減少傾向、生態系も時間はかかるものの
戻る気配が見られている地域もあるそうです。


外来種外来種と言われますが
持ち込んだのは人であり、その生き物たちは
そこで生きようとしているのであって

駆除というのは、具体的には
命を奪ってあるものを守るわけで
(そうではない例もあります)

こういう問題に大正解はあるのでしょうか。

ノヤギを見つけたときに
「あっ!本当にいた!!」と
カメラを向けた自分でしたが

「ノヤギ見つけたときが、観光客も一番喜ぶんだよなあ」
と言われたときに、なかなか重いものがありました。
と同時に、どきっとした自分。

だって、ヤギなら秋田でも見れるでしょ。
動物園とか、牧場とか。
秋田にもいるでしょ。

なんでここでヤギみて沸き立つの。
それは今問題にされている生き物だから。
「小笠原にいるヤギ」だから。

でもそれは本来であればいない場所で
問題提起されている生き物だから
「見つけた!」ってなってる。

そういう問題に向き合っている人たちがいるのに
自分はなんて単純なんだろうと思いました。


仮にも、水族館スタッフなのに。。




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6月26日

2017年06月26日 (月)16:17

6月24日、
 無事
オープンしました~!!

今年の夏期特別企画展「小笠原~ウミガメがつないだ、東京と秋田~」
はじまりました。
当日は、小笠原村観光局公式キャラクター・・・じゃなかった、
営業部長の

 おがじろうも
来てくれましたよ!
豪太、新しい友達が出来ました。

おがじろうっていう名前なだけに
「男鹿の新しいゆるキャラかと思って・・・」という声多数。
違うんですよ~。。

今回の企画展では
 売店にも
小笠原コーナーができました!

 個人的おすすめ
島ラー油。
父島で、これで食べた冷奴が美味しくておいしくて・・・。

買っていこ!と思ったら
「売れ行きいいので、今社員はちょっと遠慮してください」って・・・。

そうなんです。小笠原に行くには貨客船「おがさわら丸」で
東京の竹芝から約24時間。小笠原の父島「二見港」につくわけですが

通常、おがさわら丸は二見港で3泊し、その後東京の竹芝に
24時間かけて向かうわけです。

ということは、
小笠原名物もその船じゃないと届かないわけで・・・

まあ、楽しみがちょっと後になったと思えばいいか。
小笠原の味をより多くの人が楽しめるようになった方がいいですからね。

とか大人の対応しててもやっぱりほしい島ラー油他。。


さて、今日は「オープンしました報告」だけではありません。


今日6月26日は、小笠原諸島が日本に返還された
「返還記念日」なんですよ。

返還ってどこから?と思われる方もいらっしゃるかも
しれませんが、小笠原は一時、アメリカの統治下にありました。

小笠原諸島が日本の領有になったのは1876年と伝えられています。
当時、島に暮らしていた人は欧米系の移民が多かったそうです。
日本の領有が決まると、それまでそこで暮らしていた欧米系の移民は
日本に帰化。それに加えて日本の本土や八丈島から人が移動し、
開拓が進められました。

自分が父島に行ったときに
沖縄みたいなとこかなと思っていたけど
全然違っていて
日本なんだかここどこなんだか不思議なとこだなーなんて
印象を受けたんですが

日本だけではない、欧米系の雰囲気も入っていたせいなんですね。

その後1939年に第二次世界大戦が開戦。
小笠原諸島も戦地となります。

硫黄島っていうと、映画にも取り上げられたので
聞いたことがあるという方も多いと思うのですが

硫黄島って、小笠原諸島なんですよ。
知ってました?!

という自分はもちろん知りませんでした。


出張時、
 きれーな
うみ~。

なんて見ていましたが

この海を囲む木々の中には

 戦争の跡が


 未だ多く残されています。
上の写真の中の画像なんですが、ここは当時情報発信の場だったとか。

林の中を歩いていると
 ぽっかり
開いた穴が出てきたりして、中は

 敵を狙うための・・・
ちなみに、向こう側は海です。

小笠原諸島には

 こうした
壕の跡が、いくつも残されています。

上の写真は父島にある戦跡なんですが

母島ではまた別の戦跡を見せてもらいました。


 鬱蒼とした林に

 突如
砲台が・・・

正直これ見たとき「うそでしょ」って思っちゃいましたよ。
映画のセットか何かが取り残されたのって。

そうではありません。
実際、太平洋戦争で使われたものなんです。

1944年には父島も空襲にあい
当時小笠原諸島で生活していた人たちに「強制疎開」の命令が下ります。

1945年には激戦地である硫黄島の日本軍が全滅。
その後終戦を迎え、結果小笠原諸島はアメリカの統治下に置かれます。

強制疎開で本土に渡っていた人たちがすぐにもといた生活の土地に
戻れたのかというと、そうではなかったようです。

すぐに戻れたのは欧米系の島民だけ。
全島民が戻れたのはなんとそれから23年後だったそうです。

それが、1968年の6月26日。
小笠原諸島が、日本に戻った日です。

「小笠原村」の村政がスタートしたのは1979年、昭和でいうと
54年。

・・・昭和54年?!

自分とそんなに変わらないじゃん(昭和50年代生まれ)!!

ということは、

小笠原諸島に戻ったその日を
知っている人がいるということです。

教室で歴史の教科書を読んで
テストに受かるために
日本の戦争を知るよりも

ここには、目の前で知り、
雰囲気を感じて
考えることができる歴史がありました。

秋田では1945年8月14日から15日にかけて
「土崎空襲」、アメリカ軍による第二次世界大戦末期の
大規模空襲がありました。

8月15日が終戦記念日ですから・・・
本当に、終わる直前の空襲だったんですね。


今では土崎はふつうの町で、どちらかというと
発展している町で
人もたくさんいて
そんなこと微塵も感じませんが
空襲の際、爆弾の破片で首が飛ばされてしまった
「首無し地蔵」が、戦争の跡を物語る史跡として残されて
いるそうです。

機会があれば、行ってみます。


自分の祖父も第二次世界大戦で飛行機乗りでした。
しかし戦争中の話はほとんど教えてくれず

自分はもっと聞きたいと思って
いろいろ聞いてみましたが
最後ぽつっといった言葉が
「自分だけ生き残って・・・恥ずかしい」でした。

そのときは確か、
もう時間も経っているんだし
もっと話してくれてもいいのにと思いましたが

おそらく、本当に
口にするにもできない出来事なんだなと
今回、戦跡を目の前にしたときに思いました。

当時の6月26日を知る方の話を聞くことができたら・・・
そう思います。



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激レア商品

2017年06月22日 (木)15:33

 いよいよ
明後日24日、オープンでございます。
夏期特別企画展「小笠原」オープンでございます。

今回の企画展開催期間は、展示エリアだけではなく
レストランや売店でも連動して期間限定メニューなどなど
登場予定です。

 こちら
GAOオリジナル「島寿司定食」。
小笠原には郷土料理「島寿司」というのがあって、白身魚を
漬けにして、お寿司にするんだそうです。
白身魚はけっこうなんでもいいけど、小笠原の方では
サワラをよく使うそうです。

でも、男鹿であんまりサワラ使った料理って聞いたことないな。
ていうか、そもそもサワラを魚屋さんとかで見たことがないな。

というわけで

 マダイで
作りました。あ、違和感を感じた方います?右端についてる黄色いの・・・。

島寿司はわさびではなく、からしで食べるのが島寿司流!なんですって。

アイスにも一工夫。
さわやかなシャーベットに
パッションフルーツのジャムをかけました♪

ここで自分が一押し!なのがですね・・・

「ぎょさん」って、みなさんご存知でした??
といいますのも自分はこの言葉すら知らなんだで。
初めて聞いた時それが何を示すのか全くわからなくて。
でも若いスタッフに聞いたら「持ってますよ」なんて
すぐ返事が返ってきて・・・

そんなに一般的なの??

 ぎょさん・・・・・
↑小笠原父島で撮影してきました。

小笠原島民であれば1人1足は当たりまえ。
というか小笠原の地を踏む者はこれを持っていなければならないくらいの
「ぎょさん」です。

「漁師さんの履くサンダル」でぎょさん、ってことかな。
この呼び方は小笠原発らしいですね。

とはいっても少なくとも男鹿の商店では見ないよ!
(あんなにずらっと)
ということで
 買ってきた。
ピンクが女性用でカーキが男性用(女性用男性用でわかれているという
なんというきめ細やかさなのでしょうね)。
上の写真でもわかるように、色のバリエーションが豊富です。
女性用にはラメ入りもあるとか。

「小笠原のギョサンをGAOでも売りたいんです!」と
小笠原村観光局の方にお願いしたところ

とんでもないレアぎょさんが届いたのです。

 こちら!
箱を見たとき、自分ともう1人の一緒に行ったスタッフ
(今回小笠原に行かせてもらったのは自分と豪太専属パティシエです。
何じゃそれという方もいらっしゃるかもですが
長く当ブログをご愛読してくださっている方にはわかると思います)
は「すげー!」と興奮しましたね。

だって

 今やもう
ほとんど手に入らないんですよ、このアシンメトリーなぎょさんは!

「小笠原DAY」とは、1年に1度だけ、小笠原ファンが集う大きな祭典で
2016年はおがさわらへ向かう貨客船「おがさわら丸」の発着場所である
竹芝で行われました。

その時だけ、その会場で販売されていたという
今やほとんど手に入らないぎょさんなんです!

自分たちを連れていってくれた観光局の人も履いてたこれー!
とか言いながら見ていたら

 青い方には
シリアルナンバー。

これを見ると、限定が「626」足ですね・・・。
この数字。ここ最近よく見るわ。

それもそのはずです。
626=6月26日。
これは、小笠原諸島が日本に返還された日、「返還記念日」なんです。

小笠原諸島は日本の領有、というのが1876年という歴史があります。
その後、小笠原諸島はずーっと日本の小笠原、だったわけではありません。

1941年に太平洋戦争がはじまり、アメリカ軍との戦いが繰り広げられる中
1945年から映画にも取り上げられた「硫黄島の戦い」が開戦され
小笠原諸島も戦地となりました。

恥ずかしい話ですが、
自分は「硫黄島」が「小笠原諸島」に含まれているってこと
知りませんでした・・・。

というか「小笠原ってそうか東京だったのか」なんて
考えたこともなかったかもしれない。

戦争の真っただ中、それまで小笠原に住んでいた人は
強制的に本土に疎開。しかしその後敗戦し
小笠原諸島はアメリカの統治下のまま進んでいきます。

もともと小笠原で生活していた人々が帰り、もとの生活に
戻るのはすぐには叶わず

しかしその後1968年の4月、日本とアメリカの間で小笠原復帰協定が締結され
6月26日は、小笠原が日本に返還された日なのです。

その!

 「626」
なわけですよ!

ということはこのアシンメトリーぎょさんは
世界に626個しかないわけで、

今回特別にいただいてしまいました!!

もちろん数はごくごくわずかですが
当館内売店にて6月24日より販売予定です。
このぎょさんに関して通信販売等は行いませんのでご了承ください。

あ、ちなみに今年の夏の企画展のスタートが早いのは
「6月26日に始めたいけど24日が土曜日だから」
です。

24日、25日は12時30分からと15時から
小笠原をよ~く知る方による
「おがさわらアカデミー」を開催します。

是非ご来館ください!



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出張報告 DAY2-1

2017年05月31日 (水)18:36

出張報告 続編です。
前回はこちら
どよよんとした天気と
 船酔いで
なんだか気分も落ち込んだ初日・・・

がしかし!

たっぷり睡眠をとった自分は
外にでてみたら
 なんと!
見てくださいこの天気!

 青空が
見えてきましたよー!!

 遠くに
島の影も見えてきました。
その島から飛んできたのか、船には鳥がついて一緒に飛んでくれます。

なんだろな、船に来るっていったらカモメとかウミネコとかの記憶しか
ないんだけど黒いし・・・

 こちらは
「カツオドリ」というそうです。

 翼を
広げたとき、両端までは1.5メートルもあるそうで、かなり大きいです。

 あれですね!
あれが「小笠原諸島」なのですねー!!
(間違ってたら指摘ください・・・)

 ぶろぐ担当、
初!小笠原諸島「父島」上陸でございます!
当然のことながら・・・暑っ!

気候も違えば、

 植生も
違いますよね。
こんな木、秋田じゃお目にかからないよ。

 街並みは
白っぽい建物が多くて南国だな~。

ここが小笠原諸島父島のメインストリートで、右には山、左には
海が広がっています。

歩いて制覇できちゃいます。

「じゃあ海に行ってみましょうか」


 きたー!!
ていうかこんなにあっという間?!(道から数歩しか歩いてません)
な感じで、メインストリートから少しそれると
青い海と白い砂浜が広がってるんです!

「あ、これ
 ウミガメが
掘ったあと。」

またもこんな簡単に・・・・。

5月はアオウミガメの産卵シーズン。小笠原諸島は日本最大規模の
アオウミガメの産卵地です。
夜、砂浜に上がってきて産卵用に砂を掘り、卵を産みます。

ですが、堀ったところに必ず産むわけではなく、
途中で「あーこれ違うな」とか
「今そのタイミングじゃないな」というときもあるそうで
そうなった場合は掘ってそのまま海にUターン、なんてことも
あるそうです。

この時期は父島の砂浜いたるとことに
アオウミガメの進んだあとや砂を掘ったあとがあります。
卵を産んでいたらそのうえに砂をかけて固めるそうなので、
この穴はお気に召さなかったんですかね。


 行く途中には
でっかいアロエみたいなのが・・・

「アオノリュウゼツラン」というそうです。
リュウゼツ。
竜の舌みたいだからこの名前が付いたそうです。


お昼ご飯は
 「ポキ丼」を
いただきました。
白身魚の漬け丼です。

このあたりは白身魚が主なようです。あまじょっぱくておいしかったです。
白身魚の漬けはいろいろなメニューに取り入れられているようで、これで
お寿司も作るそうです。


お腹いっぱいだわ~と
岸壁を歩いていたら

 なんでかな
岸壁を除くと、枝サンゴが広がっている・・・
よくよく見ると、海の熱帯魚までいるんですよ・・・。

すげーな。


 ちょっと
覗き込んだら


 サメがいるって
どういうこと?

このサメ「ネムリブカ」といいます。写真には1匹ですが
けっこううようよしてます。

夜になると、港の光にもっともっとたくさん集まるとか・・・

覗き込める場所にサメがいるって・・・

到着して数時間。

 驚きに
キリがない・・・
何あのでかいアスパラみたいなの・・・

というわけで、続きます。。
この次は、今回私たちがこうして小笠原諸島に来るきっかけを
作ってくれた生き物の出発地を訪れます。




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